扉をノックされて弾けるように出てきたアナニアシヴィリは、まさしく可憐な村娘。(そうよ、そうよ、ジゼルはこうでなくっちゃ、と一人うなずく私) やはり、ジゼルはウォール街のキャリアウーマンであってはならない。株価やアジア経済危機に思いを馳せているような顔つきでは、いけないのだ。
こぼれる愛敬、笑みを含んだ目に宿る清純な輝き、ベルタに寄り添う時の甘えた表情。体が弱いこと以外、不幸の影などつゆも知らない村娘ジゼルを、アナニアシヴィリは全く自然に演じていた。
ヴァリアシオンで、右足を上げたまま左足のトウで跳ね続ける(?)ところも、上体はとてもリラックスしていて、余裕のある愛らしい笑顔をふりまいていた。(マッケロウは、「一生懸命やっている」という風に見えて、見ている側も緊張してしまった)
そして、あの大きな黒い目を最大限に見開いての、狂いの演技。マッケロウと同じく、アナニアシヴィリも「悲しみ」より「狂い」の方が印象に残った。
二幕では、ジゼルが片足でバランスを取りながら、ゆっくりともう片方の足を上げるところがいくつかあるが、アナニアシヴィリのそれはすごかった。立ち足は舞台に張り付いたようにびくともせず、上げる足は少しの躊躇もなく静々と上がっていくのだ。立ち足が幾分ぐらついたり、バランスを保つために上がっていく足がよどんだりするのは、「人間だから当然」と思っていた私は、とてもショックを受けた。天を差し示す位置で足を止めたアナニシヴィリの表情は、緊張の色も見せず静まったまま。「この人の立ち足には根が生えているんじゃないか」とか、「透明人間がニーナの胴を支えているんじゃないか」とか、口をポカンと開けたまま、私はばかげた事を考えてしまうのだった。アナニアシヴィリがこういうことをする度に、どこからともなく「オー!」とか「ワオ!」とかひそやかな感嘆の声がもれてきていた。
こういった技の素晴しさはあるのだが、存在のきらびやかさがかえって、肉体を失ったジゼルのはかなさを損なっていたように思えたのも事実。グラファンとのリフトも何だか華やかで、マッケロウ/マラーホフによるふんわりと空気のような軽いリフトの方が「らしいな」と思った。
グラファンは、前回の「雪娘」よりずっと良く、とてもこなれているように見えた。
マラーホフのアルブレヒトは若々しく感受性が強そうだったが、グラファンのはぐっと落ち着いた感じで、物腰に風格がある。ジゼルを抱き寄せて、その顔をのぞきこむ時など、とてもロマンチックな雰囲気が醸し出されて、映画のワンシーンのよう。
ただ、踊りは重い。(この前はニッカーボッカーのせいじゃなかったのね)
ペザント・パ・ド・ドゥは、サンドラ・ブラウンとホアキン・デ・ルース(Joaquin de Luz)。二人とも良かったと思う。
技術的にはどちらがいいのか分からないけれど、アシュリー・タトルよりも笑顔が出ていて、私はブラウンの方が好き。
デ・ルースはコレーラのお姉さんの夫、つまり義理のお兄さんだそうで、少し前にABT入りしたそうです。(お姉さんのカルメン・コレーラもその後に入団) この人も小柄で、顔もかわいい。外見だけでなく踊りも、コレーラとタイプが似ている。この夜も高〜いジャンプで、観客を喜ばせていた。
ただ、コレーラと違うところは、ジャンプに入る前にぐぐっと力んでいるのが分かり過ぎてしまうところ。だから、彼の踊りには空中にいる時と舞台に足をつけている時の間に、切れ目のようなものができてしまう。いずれにしろ、彼のバネは大受けだったことは間違いない。拍手も大きく長かったし、二人が引っ込んだ時に、たくさんの人がステージビルを慌てて繰って、キャストを確認していたので。
ミルタを踊ったのは、キャスリーン・ムーア。この間、ドヴォロヴェンコのミルタに感動した私には、もう一つに見えた。
コール・ド・バレエは、5月21日の方がずっと良かった。二幕の右組と左組が交差するところには拍手があったけれど、前回のドヴォロヴェンコ・ミルタに率いられたコール・ドの方が一糸乱れず、統制がきいているといった感があった。
犬の登場には、やはり場内がざわめく。どうも、アフガンなんとかという犬らしい。
振付(演出?)は、前回と違ったものだった。二幕でジゼルが高い所から花をパラパラ落とす所はなかったし、アルブレヒトがバチルドの手にキスするシーンもなかった。
見終わって思ったことは、「やっぱりアナニアシヴィリはすごい」ということ。二幕に限っていえば、マッケロウも非常に美しく叙情的だった。どちらが好きかは、人それぞれでしょう。が、アナニアシヴィリの場合、その残像が強烈に脳裏にこびりついて離れないのだ。
1Fは、ほぼ全員がスタンディング・オベイションをしていた。アナニアシヴィリとグラファンは5回くらい出てきてくれたかな?
去年もいたけど、今年もやっぱり出た「花おじさん」(と、マダムNと私は勝手に名付けている)。彼は、アナニアシヴィリの熱烈なファンらしく、いつも両手一杯にお花をかかえて、幕が降りるとダダダーッとオーケストラ・ピットの際まで進み、舞台に向かって左の隅から、黙々と花を投げ続けるのです。そこから舞台までは結構距離があるので、渾身の力を込めて花を投げ続ける彼の姿は感動的です。勢いあまってオケ・ピットに落っこちないかヒヤヒヤしますが、実は、私も彼の姿を見るのが楽しみなのです。