番外編 アメリカから帰ってみれば


 2003年1月、我が家はアメリカから帰国しました。出張で帰ることのあった夫と違い、私は7年弱の滞米生活で2度一時帰国しただけ。それもそれぞれ1ヶ月、10日ほど短かったので、とても長い間日本を離れていた気がします。アメリカから帰ってみれば、母国といえども新鮮な発見があるし、頭を抱えてしまうことも。
 ちょっと今回は趣向を変えて、アメリカ見聞録ではなく浦島記としてみたいと思います。あくまでも2003年時点での感想です。(日米とも社会は変るので)


I. 携帯電話
 これは機能といい、形・薄さといい、普及度といい、アメリカに比べ日本はすごく進んでいると思います。
 アメリカでも確かインターネットができる携帯も出てきているはずですが、日本のようにポピュラーではないはず。数年前のことですが、アメリカ人の知人に、日本の携帯はネットにつながるんだよと言うと、彼女は「まさか」といった顔をしていました。

 私がアメリカに渡った時は、日本でもまだビジネスマンが携帯の主なユーザーだったかと思いますが、今や主婦や学生が当たり前のように、持っていますからね。
 結婚式のウェディング・ケーキ入刀などの撮影タイムに、招待客がこぞって新郎新婦に電話をかざす光景は、とても私には新鮮です。
 携帯ストラップも豊富な品揃えは日本ならでは。アメリカ人は、日本人が使っているような装飾的なものは普通つけません。

 公衆マナーに関しては、同じ問題があるようですね。アメリカでも、路線バスの運転手と携帯を使い続けた乗客が喧嘩になったり、新聞に携帯電話のマナーについて記事が組まれたりしていましたから。

 とても違うことの一つに挙げたいのが、若いユーザーが日本には多いこと。子供に許す贅沢については、アメリカの方がずっと厳しいので、アメリカの中高生は身なり・持ち物に関しては、日本に比べてずっと質素です。


II. コーヒー
 日本に帰ってきて残念に思うことの一つに、シアトル系泡立ちコーヒーとやらに駆逐されて、昔ながらのコーヒーが外で飲める機会が減ってしまったことがあります。「コーヒー」といったら、シアトル系しかないレストランが多い。
 今やシアトル系を好む人の方が多いのかもしれないけれど、昔ながらのコーヒーを食後に飲みたい人も大勢いるはずなのに・・・。夫と私は「昔ながら党」なのですが、食後に運ばれて来たコーヒーの泡を見ながら「ここもや」とぼやくことが多いのです。レストランで両方用意していただくのは無理なのでしょうか?


III. 交通整理
 帰国当初、スーパーマーケットやレストランの駐車場に、交通整理をする人がいるのにはとても違和感がありました。(前からこうだったっけ?) 私の場合、一人でも駐車場近辺に立っている人が少ない方が助かるんですけど・・・。


IV. 「〜だったでしょうか?」
 一番腹が立つのはこれ!
 コンビニやファミリーレストランで、店員が「〜でよろしいでしょうか?」と聞くべきところを「〜でよろしかったでしょうか?」と過去形にして話すファミコン言葉。最近では問題視されていて、是正の方向に向かっている企業もあるらしいけれど、まだまだ全盛です。

 どこにいってもこの種のお店ではこの言葉遣い。しかも年配の店員さえもこの話し方の人がいるので、国語の乱れがここまで来たのか、と愕然としました。
 英語で「〜しましょうか?」という時、「Can I 〜?」より「Could I 〜?」と過去形で言う方が丁寧なのだけど、まさかそれを真似したわけでもあるまい。絶対こんな間違った使い方に市民権を与えてはいけないと思います。


V. デパ地下
 日本のデパ地下は、最高! 美味なものがこれでもか!と陳列されている様は壮観です。あれを見ると、心の底から幸せ〜を感じる私は食いしん坊?
 日本に旅行したアメリカ人の知人も、「デパチーカ イズ ワンダフル!」と目をうっとりさせて回想してましたっけ。アメリカにはデパ地下はないものね。(地階はありますが)


VI. チャイルド・シート( Car Seat )
 これをつけない人の多さに、とてもびっくりしています。
 日本では高速運転を普段はしないから安心しているのか、それとも自分の運転技術に自信があるのだろうか?
 幼児を膝に乗せてハンドルを握るドライバーを見ると、目を疑ってしまう。  自分がちゃんと運転していても他の車が突っ込んでくるかも、とは考えないのだろうか?
 確かに、日本のチャイルド・シートは値段もはります。アメリカのに比べていい作りなのでしょうが、一桁違うというのですから。座席が回転するなどの機能の優れた高級品もよいですが、もっと安い(もちろん安全基準は満たしている)商品も出して、必ず後部座席に設置させるよう業界も考えてほしいなと思います。


VII. カタカナ英語の氾濫
 以前よりぐっと増えたように思います。
 洗濯バサミを買いに行ったら、そのお店には「洗濯ピンチ」しか置いていませんでした。(複数のメーカーの商品を置いていたにもかかわらず) 子供の雑誌の広告ページを見ていたら、「フィギュア5体セット」、ややあって「ああ、人形のセットか」と気がつきました。
 外国映画の題名も、最近では原題のカタカナ表記がほとんど。そのままだったら意味不明な題名もあるのに邦題を考える作業を怠っているのか、と思いきや、カタカナの題名の方がお客が入るのだそうな。
 個人的には、そんなに英語の響きが好きならいっそアルファベット表記と邦訳を併記したら?と思うのですが。だって、カタカナで「ボーン」と書かれても、bornなのかboneなのかBourneなのか分からないじゃない。3つの意味をかけているにしても、併記なら分かり易いし。

 外国語、特に英単語を会話の中で使うのがカッコイイと思ったり、便利と感じる日本人は多い。かく言う私も、英単語を使い過ぎないように気をつけてはいるけど、時には「この文章は、日本語より英単語の方がしっくりいくなあ」と判断して使う場合もあります。「コンセンサスを取ってから・・・」とか「この件はオーソライズされたので・・・」などの表現は、職場でもよく使われていると思います。
 確かに、日本にもともとなかった物品・概念が存在するし、英単語の方がより的確に微妙な意味を表現できる場合があるでしょう。「新たにオープン」とか「文化センター」みたいに、すっかり意味が浸透している英単語もありますよね。
 でも、この英単語のカタカナ表記を安易に使う流れって、どこまで行っちゃうんだろう、と不安にもなるのです。

 その単語の意味を正しく理解している人同志が使うのは問題ないのでしょうが、行政が一般市民向けにカタカナ英語(それも結構難しい単語)、もしくは交じりの文章を使うのはどうかと思います。英語になじみのない人が、「デイ・ケア」だとか「リラクゼーション」だとか「ロング・ディスタンス・タイムトライアル」などと言われたら、どう反応するでしょうか?

 まあ、日本人は昔、国語に中国の文字や熟語などを取り入れたので、今は英語を、ということになるんでしょうかね。


VIII. 帰国してみたら、リサイクル
 というか、ゴミの分別がすごいことになっていた。自治体によるけれど、細かいところは覚えるのも大変そう。家中ゴミ箱だらけという友人の話は真実だったのだ、と実感しました。
 帰国後9ヶ月ほど住んだ所と今住んでいる所は分け方が違っていて、前は可燃ゴミだった物が今は不燃ゴミだったり、その物だけ別回収だったりする。なので、引越当初は、市役所からもらったゴミ分別の手引きを首っ引きでゴミを分けていました。(←もうだいぶ慣れた)
 アメリカにもリサイクルの習慣はあるけど、ゴミに関しては大雑把だと思います。アメリカ人の中にも意識が高い人はいるけど、環境問題については日本の方が取り組みが熱心なようです。


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